地域に入って、地域を診る!
常陸太田 地域医療体験合宿
地域医療の本質や、そこで求められる能力への理解を深めることを目的に、2025年11月に実施された1泊2日の地域医療体験合宿。高齢化が進む医療過疎地である常陸太田市里美地区(医師少数地区)に筑波大学と東京科学大学の学生19人が入り、地域にどっぷり浸かりながら座学では得られない貴重な学びを体験しました。
今回は、参加学生のうち8人と指導教員の橋本先生に、その振り返りをしていただきました。
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座談会実施日
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2025年12月17日 |
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座長
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橋本 恵太郎(筑波大学 地域医療教育学 特任助教) |
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参加者
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三瓶 直人、渡部 嘉徳(筑波大学6年)、地場 凜々子(筑波大学5年)、 竹尾 七空、本山 岳志、結城 舞(筑波大学4年)、木藤 みのり(東京科学大学4年)、伊藤 有里彩(東京科学大学1年) |
※記事は座談会の一部を抜粋し、再構成しています。
2025年度「常陸太田 地域医療体験合宿」について
合宿の舞台 |
常陸太田市 里美地区(医師少数地区) |
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合宿のテーマ |
「地域診断」:観察(視る)と対話(聴く)を通して、 |
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プログラム |
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今年のテーマは「地域診断」
何を視て、何を聴き、何を感じたか?
橋本
それではさっそくお話を伺っていきたいと思いますが、まず「地域診断」とは何かを復習しておきましょう。
通常「診断」とは、一人ひとりの患者さんの症状をこういう病気ですと臨床的な判断をすることを言います。「地域診断」は文字通り、その地域で暮らすこと――人々の生活、産業、環境などがその方の健康や人生にどういうふうに関わるのか、情報を集めてアセスメントし、健康課題を明らかにすることです。
それを行うためにはもちろん地域に行って情報を集めないといけないのですが、実際に聞いた話が絶対というわけではなく、皆さんの観察もすごく大事になります。地域の方のお話が主観的な情報だとしたら、皆さん自身が観察して得たものは客観的な情報です。そしてその両方を評価して判断するという流れは、まさに診断と全く同じです。これが「地域診断」です。
では実際にやってみてどうだったか、グループごとにお話しいただきたいと思います。
Aグループ 酪農家を訪問
三瓶
私たちAグループは、酪農家の萩谷さんのところに伺わせていただきました。ふだんの生活と酪農の仕事について聞いていく中で、生活と医療の結びつきについても話していただくことができました。最後に牛舎の中も見せていただきました。
一番の学びとしては、ふだん病院の中で実習しているとやはり医療中心の勉強になりますが、地域の方にとっては生活の中の一つとして医療があるのだなと改めて実感したことです。医師や医学生という立場だとどうしても医療を中心に考えがちですが、そうではない。その大事な視点を学ぶことができました。
――ありがとうございます。素晴らしい気づきですね。
Bグループ 酒造店を訪問
木藤
我々Bグループは、酒造店にお伺いしました。こじんまりした酒蔵と一部販売スペースがあるような造りで、観光客が来たり遠方のお客さんが定期的に買いに来てくれていたりと思った以上に社会的な関わりがたくさんありました。
健康問題としては、酒造りの季節が決まってるので繁忙期と閑散期があり、働き方が少し不規則だという点がありました。一番心に残っているのは、「地域の医療に求めるものは何ですか?」と伺ったとき、病気を積極的に治療する方向ではなく、今の暮らしを続ける、現状をなるべく維持していくことをおっしゃっていたことです。医療で言うとADL(日常生活動作)の維持とか、そういった部分を求められてることがすごく印象深かったです。
本山
自分もやはり同じ言葉が印象に残っています。また、店主の井坂さんが語ってくださった中で、医療と直結する課題としてインフラの問題がありました。大病をしたときに隣の市の大きな病院に行ったけれど、山越えの道路が数本しかなく、土砂崩れが発生したときは大変だったと話されていました。
渡部
井坂さんの話の節々で感じられたのは、自分たちが今送っている生活を次の代でも同じように続けていけるのかという長期的な目線です。暮らしや地域の持続可能性を考えていらっしゃることがすごく印象的でした。
――大切な価値観ですよね。病気を治すばかりではなく元の生活ができることがより大事だということですね。
Cグループ 地域交流スペース(旧酒蔵)を訪問
地場
私たちCグループが訪問したのは、旧酒蔵「金波寒月」です。ここは60年ほど前に閉じた酒蔵をリノベーションして、地域活性化プロジェクトを行なっている場所です。高齢者の居場所づくりが目的で始まりましたが、今は移住してきた若い世代や観光客なども受け入れ、味噌づくり体験や茶摘みなどを通じて交流を行っています。私たちにもおもてなしの心をもって食事を出してくださったり、常陸太田について熱くプレゼンしてくださったりと、本当に地域への愛を感じました。一方で、例えばガソリンスタンドの減少など変わりゆくまちの現状もあり、課題意識が高い方が多い印象を受けました。
学びとしてすごく心に響いたのは、「人が少ない小さな地域でも、そのこと自体が不幸ではなく、その中に小さな幸せを見出していくんだ」という言葉です。やはり住み慣れた場所で幸せに過ごしていくということは、易しいことではないけれどもすごく大事なことだと感じました。
――ウェルカムボードやスライドも作ってくださって嬉しかったですよね。
Dグループ 林業家を訪問
結城
私たちDグループは、林業家である佐藤さんのご自宅と佐藤さんの管理されてる森に入って、植生などを解説していただきながら一緒に巡るという体験をしてきました。私はこれまで林業に全く触れたことがなかったのですが、木を切って出荷することとその森を整えることがメインの仕事だと教わりました。
一番の気づきは、林業は次世代に繋げていくという意識が特に強い仕事であるということです。自分が植えた木は、自分の子どもに託す。そういう意味で、すごく先を見据えて計画しながら森を作っていくことは大変なことだと思いました。
直接医療に関する話は聞けなかったのですが、虫刺されなどはやはり多いそうで、自衛のためにむやみに木や森にあるものを触ったりしないという話をしておられて、現場ならではの経験値があるのにこちらが心配するのもおこがましいような感情を抱いたりしました。
――林業、かっこいいですよね。素晴らしい取り組みを聞けてよかったですね。
Eグループ 大中神社を訪問
竹尾
私たちは大中神社を訪問し、宮司の朝日さんにお話を伺いました。印象的だったのは、朝日さんが経営者目線というか、どうやって人を集めればいいのかというところにすごく心を砕かれていて、たくさんの企画を実行されていたことです。宮司さんって伝統を守るイメージがあったので、新しいことにどんどん挑戦されている姿が衝撃的でした。具体的には境内にステージを作って音楽祭を開催したり、水に浮かべたら文字出てくるおみくじ作っていたりされていました。
医療との関連で一番印象的だったのは、朝日さんが最近リモートのお祓いを始められたという点です。なぜかと言うと、やはり病になったりして病院にいらっしゃる方こそが神様や信じるものを必要としてるんじゃないかと考えたからだそうで、2年前から始めてこれまで10回くらい行われたそうです。朝日さんは、それこそ医療とも連携してやっていければいいねと話されていて、今までなかった視点だなと面白く感じました。
伊藤
病院は精神的に不安になる場所であり、そういう場にこそ心の拠り所となるものを提供したいという朝日さんのお話を聞き、その通りだなと思いました。実際に何か、病院に来る人々を安心させられるような取り組みがあるといいなと思いました。
――そうですね。ありがとうございました。
地域に根差した医療拠点、
大森医院の見学で得た気づき
――では次に、大森医院を見学して得られた気づきや学びについてお聞きします。夜に開かれた大森先生を囲む会でもいろいろなお話が聞けたのではないでしょうか。
三瓶
大森先生のお話の中で、中心に一つの診療所を置き、そこを拠点にサテライト的な機能を集めて地域の医療を作っていくという考え方が大変勉強になりました。
竹尾
私も同じです。「ベースキャンプ方式」と先生は名付けておられましたが、在宅だとやはり24時間コールの体制を築くのが厳しいので、ベースキャンプとなるような24時間体制の診療所を作り、そこと複数の診療所が連携した上で地域の医療を守っていこうというお話でした。
大森先生は個々の患者さんにとても丁寧に対応される医師だという印象を持っていましたが、それだけではなく、地域全体を俯瞰して、地域の医療をどうやったら継続させられるかという視点でずっと語ってくださっていました。自分もそういう視点を持って地域医療に取り組んでいかなければならないと思いました。
――まさに今話していただいたことは地域診断だと思います。一人ひとりの患者さんを見るのも大事だけれど、根っこの部分、本質的な問題に深く関わってこそ総合診療医の本懐かなと思います。実践することは簡単ではないですけれどね。
地域、そして仕事との
向き合い方を学ぶ
結城
今回、大森先生は、「学びに来てくれた学生さんに、楽しんでほしい」と何度も話されていました。やっぱり楽しいことってすごく心に残るし、そのためにいろんな工夫を凝らしてくださっていて、とてもありがたいなと感じました。
――「楽しませたい」って言うのは簡単ですが、大森先生のすごいところはそれを20年続けてやってくださっているところですよね。超人的だなと思います。
渡部
僕は自分がふだん身を置いている基礎研究の世界と地域医療の共通項って何なんだろうとずっと考えていて、それを見つけることが今回の目標の一つでしたが、夜の時間に、大森先生から「医師に最も大切なものはなんだと思う?」と問いかけられました。皆さん、何だと思いますか?
他の学生たち
えぇ、難しい・・・
渡部
大森先生は、「それは自分が幸せになることだよ」と教えてくださったんです。その言葉を聞いてすごくハッとさせられました。先ほど橋本先生が大森先生は超人的だと話されていましたが、じゃあなぜそれができるのかと考えたとき、それは必ずしも自己犠牲とかではなくて、自分が楽しいからではないかと思います。それが、僕が求めていた共通項だと思いました。
実は一年前、大森先生に基礎研究もやりたいし地域医療もやりたいと進路相談をしたら、そのときは「どっちかをやるしかないね」と言われて個人的に残念に思ったんですね。でも今回その大森先生の言葉を聞いたら、どっちもやればいいじゃんっていうアンサーに行き着きました。そういうマインドを持つことができてよかったです。
――自分が幸せになる。とてもいい言葉ですね。
合宿を経て、
自分たちはどう変わったか?
――では最後の質問です。合宿が終わった今の皆さんの地域医療に対する想いを教えてください。
竹尾
合宿2日目の振り返りの時間に、地域診断はただ地域の人と対話するだけではなく、医療政策に対する提言まで持っていくのが最終のステップだと教わりました。けれど今回、地域の人と話してそこに住む人たちの手触りを感じただけでも十分な価値があったなと感じています。医療施設に行かなくても、そこにいる地域の人と関わるだけでも地域医療への理解は深まるんだという気づき、そこがこれまでの認識と変わったところです。
地場
私は今回の地域診断を通していろんな職業の方にお会いしました。例えば林業家の方が仕事に手間がかかる分、どうしても自分のことは後回しになってしまうとか、職業の背景にある価値観などにもアプローチできる視点を持って今後進んでいきたいなと感じました。
三瓶
その方がどういう生活をしているのかは医療面接でも聞くと思いますが、それは単純にルーティンを聞くというようなことではなく、職業歴、生活歴も含めて聴いていかないといけないんだなと、大きく意識が変わりました。
結城
私はまたもう一度、大森先生のされている医療を見てみたい、訪問診療についていきたいと思っています。自分のやりたい医療が何か、はっきりと浮き彫りになったと感じていて、やりたいことがいろいろ膨らんでいます。
木藤
自分は在宅の緩和ケアに興味を持っていて、そこに至る過程には昨年の合宿も大いに影響しているのですが、やはり医療というものは人の人生を診ることだとあらためて感じています。
今ちょうど、臨床実習に向けて診察の実技的なところを学んでいますが、訪問診療をやるのであれば実技面はしっかり身に付けておかなければならないとか、今後への覚悟とやりがいのできた2日間でした。また、将来的に東京で働く一択ではなく、地域で働くという選択肢もできました。
――よかったです。自分の将来やキャリアを見据えて、その流れの中で今勉強していることの意義をイメージできると、身の入り方が違うと思います。
本山
直近で自分の力になることとしては、橋本先生がレクチャーしてくださったバイタルサインの見方。バイタルサインはあたりまえだからこそ重きを置かれてない部分もあると思うので、そこをもっと丁寧にアセスメントしていきたいと思います。
長期的なものとしては、地域医療の魅力を再確認できたことです。地域医療に携わるのであれば、診療だけではなく地域に自分で出ていっていろいろなことに参加してみようと思いました。そして、大森医院で実習したいと強く思いました。
――ありがとうございます。今回の合宿は、地域診断を通じて地域で暮らすことと健康との関わりや、さまざまな価値観があることを学習してほしいと企画しましたが、皆さんが十分にそれを学んでくれたことがわかって安心しました。そして、地域で働く方たちに触れて、プロフェッショナリズムを感じられたと思います。
――今回の体験が、皆さんのモチベーション向上や今後のキャリアを考える上でプラスになれば嬉しく思います。ありがとございました。
