INTERVIEW

学生の声

実践とリサーチを往還する意義

災害医療とBCP、その最前線を学ぶ

地震や豪雨といった自然災害だけでなく、大規模な事故や事件、テロ、マス・ギャザリングにおける傷病者の発生など、災害は社会の変化とともにますます多様化しています。

こうした災害に備え、地域医療機関においてリーダーシップを発揮できる災害医療人材を養成することを目的に、このほど筑波大学医学類にてアドヴァンストコース 『災害医療とBCP入門』が開講されました。今回は、その受講生4人と指導教員の井上先生に学びの振り返りをしていただきました。

授業・座談会実施日
2025年9月3日
教員
井上 貴昭 筑波大学附属病院救急・集中治療部長、高度救命救急センター長 (教授)
参加者
高良 和花(筑波大学医学類4年)、鈴木 達大(筑波大学医学類4年)、横山 史織(筑波大学医学類4年)、渡辺 士恩(筑波大学医学類4年)
司会
橋本 恵太郎 総合診療科(筑波大学 地域医療教育学 特任助教)

※記事は座談会の一部を抜粋し、再構成しています。

アドヴァンストコース『災害医療とBCP入門』について

コースのねらい
  1. 1 災害の定義を理解し、救急医療と災害医療の違いを説明できるようになること。
  2. 2 多数傷病者発生時の適切なトリアージができるようになること。
  3. 3 Business Continuity Plan(BCP) の概念を理解し、Business Impact Analysis(BIA) により災害発災時72時間の診療継続性を考慮できるようになること。
プログラム内容
1限 講義『災害医療総論』
2限 講義『BCP総論』
体験『非常食の調理と試食』
3限 机上演習『BCP机上シミュレーション』
4限 チームトライアル『トリアージ訓練』
5限 院内散策『筑波大学附属病院における災害対策』

講義と演習を交えた、リアルな学び

――ではまず、本コースを受講した理由と今日の学びの全体的な感想についてお聞きしたいと思います。

鈴木

私は、災害医療に興味があったことと、非常食が食べられるということで(笑)、このコースを受講しました。

これまでの救急の授業や実習は、“目の前の一人の患者さんの命をどのようにして助けるか”でしたが、今日学んだ災害医療は、人的にも物的にもリソースが少ない中で“どうやってたくさんの人を効率よく救命するか”が求められていました。異なる視点で学ぶことができ、非常に有意義な時間でした。

また、実際にトリアージを練習したりBCPのシミュレーションをしたりと、実際に自分で手を動かし頭を回転させたことが、とても身になりました。

将来自分が医師になった時、災害医療を担う一員になるかもしれないという自覚が、今日の学びを通じて少し持てたかなという気がします。

――素晴らしいですね。まさにこれから30年を担うのが皆さんだと考えると、本当に意義ある学びでしたね。ちなみに非常食はどうでしたか?

鈴木

想像より全然美味しかったです(笑)。

――それはよかったです(笑)。では続いて、渡辺さんお願いします。

渡辺

僕がこのコースを選択した理由は二つあります。一つは、救急科志望であること。もう一つは毎年夏に富士山で活動していて、そこで噴火やその対策の話がよく出るため、災害医療に興味があったことです。

特に医療の現場というのは、災害時に機能停止することが許されない場所だと思います。ケガをした人たちを一人でも多く救うために医療の現場ではどういったことを平時から考え、準備しているのか。それを学ぶことができ、とても勉強になりました。

――まさに学びたいテーマだったのですね。高良さんは、いかがだったでしょう?

高良

私がこのコースに興味を持ったきっかけは、まず昨年授業で行ったトリアージ訓練が楽しかったことと、私も非常食に惹かれたことです(笑)。

特に、事前対策としてのBCPやBIAは今回初めて知り、とても印象的でした。BCP机上シミュレーションでは、どこに何の物資が必要で、何は削減できるというようなことを考えるのが結構難しく、実際に災害が発生してから考えても遅いし、現場が混乱して大変なことになることを実感しました。

――災害時のリアルを学べたのですね。横山さん、いかがでしたか?

横山

私は4年生になって自分のキャリアをどうするか迷い、どの診療科に行っても自分の力になることは何だろうかと考えたとき、やはり避けて通れないのは災害医療だなと思ってこのコースを受講しました。

井上先生のお話でいちばん印象に残っているのは、「災害が起きてから何をするか考えるのではなく、事前に想定をして、それに対する計画を立てて準備をしなければならない」ということです。“災害を見越して備える”という発想が自分になかったことに気づかされ、今後はそこをしっかり学んでいかなければと感じました。

――備える大切さ、とても大事なことを学ばれましたね。ありがとうございます。

R6トリアージの様子

印象的だった講義・演習は?

――今日のプログラムの中で、一番印象に残った授業について教えてください。

鈴木

3限目の「BCP机上シミュレーション」です。病院が断水したときを想定して、どのように水を節水できるか考えたり、優先順位を決めたりする演習を行う中で、「ここの水は無理に節約できないな」とか「いや、ここは節約できるだろう」などとチームで考えて結論を出したことが楽しかったですし、すごくいい経験になりました。

高良

私も同じです。水が限られている状況で、どこも削るわけにはいかない、でも泣く泣く削るしかない部分が存在するということがとても衝撃的でした。しかも今は平時であり、時間も十分にあるので考えられるけれど、実際に災害が発生した時にはとても無理だと思いました。事前に準備しておくことが大事なんだと実感しました。

――なるほど、貴重な経験になりましたね。

渡辺

僕は5限目に実際に病院内を歩き回って、貯水施設など災害医療の備えについて見学したことが印象に残っています。普段使っている通学路から見える建物や、これまで何も意識していなかった施設が、実は災害医療において非常に重要な拠点となっていることがわかってとても興味深かったです。

――それは勉強になったでしょうね。

横山

私は2限目の「BCP総論」です。首都直下型地震など、これから起こるかもしれない災害に向けて計画することの重要性を教わったことが大きな学びでした。

今までの災害医療の歴史を見ても、トリアージやドクターヘリなど、災害の教訓がきっかけとなって制度や設備が整えられています。これからの時代は、発災時に困らないようしっかりと病院の制度を確立しておくとか、緊急時の備えをしておくということがさらに大事になってくると思い、それが新たな発見でした。

――素晴らしいですね。ありがとうございます。
R6講義の様子

さらに学んでみたい災害医療の領域は?

――今日の学びを受けて、今後さらに学習を深めたいテーマや気になる領域などがあれば教えてください。

鈴木

私は、迅速にトリアージを行うという技術をまずは身につけたいと思います。

また、今日初めてトランシーバーを使いましたが、分かりやすく簡潔に相手に情報を伝達するとか、応援を要請するとか、そういった技術ももっと学びたいなと思いました。

――情報伝達は、広くいえばプレゼンテーションですからね。

渡辺

僕は、災害現場では高度な医療検査はできないと思うので、そういう検査をしなくとも出ている症状などで緊急度や重症度を判断できる症候学が必要不可欠ではないかと思いました。それをしっかり学んでいきたいです。

――クリティカルな場での症候学ですね。

高良

私はどの診療科に進んだとしても、一般的な処置などをしっかりできるようになりたいと思っています。トリアージ、心肺蘇生、あと渡辺さんが言われた症候学も重要だと思います。

また、災害時に自分がリーダーになっても、リーダーから指示される立場になっても、どちらでも行動できるような素質を身に付けないといけないなと感じました。

横山

私も同じです。どんな科の医師になるとしてもトリアージができるようにしておくこと、災害現場で指示された時に適切に動く力を身に付けることがとても大事だと思いました。

また、私は地震や脱線事故、群衆雪崩などのニュースを見て、なぜこんな災害が起こったのだろうと状況や原因を調べたりして学んでいるのですが、それに加えて医療はどのように施されているのかとか、それをきっかけに医療がどう変わったのかとか、そういう着眼点を持つことでさらに学びが深まるのではないかと思いました。

――おっしゃる通りですね。ありがとうございます。

井上

皆さんそれぞれ重要なポイントをよく理解してくれていると思います。大事なことは「想定外にしないこと」。つまり「備えあれば憂いなし」です。

そして、「有事のことは平時から」です。日常診療、日常生活の一環でやることが、いちばんいい防災対策だと思っています。それが想定外をなくすことにつながります。

また、学生の皆さんには、できれば社会の様々な出来事に注目してほしいなと思います。例えば以前、山梨県で凄い豪雪でトンネルに閉じ込められたというニュースがありましたが、それ以来、私は必ず自分の車に水と乾パンを備えています。そんなふうに日常的に起きた災害から学んでいくことも大切です。

R6トランシーバーの練習の様子

学生から、井上先生への質問①

――学生の皆さん、せっかくの機会ですので井上先生に何か質問はありませんか?

高良

筑波大学附属病院では、BCPをどのようなメンバーでどのように考えて策定されているのですか?

井上

当院では2016年からBCP検討委員会を立ち上げています。メンバーは多職種、各部門の人たち――例えば放射線部、輸血部、検査部、薬剤部、看護部とか、施設・設備の電気系統を受け持つ部門や給食の部門などありとあらゆる部門の人に出てもらって、院内総がかりで作ってきました。

最初は毎月集まってステップ・バイ・ステップで取り組んで、まずBCPの総論ができ、コロナ禍でBCP biologicalができ、続いてBCP radiationができました。さらに受援と支援のしくみも作って、「TKB48」というトイレ、キッチン、ベッドを48時間で確保するための協力施設との契約も交わすことができました。

今年のテーマはサイバーテロ災害です。医療情報部に先頭をきって作ってもらっています。社会の変化で、ハザードも変わるんです。だから常にアップ・トゥ・デートしながら備えていくことで、想定外をなくしていかなければなりません。

学生から、井上先生への質問②

渡辺

井上先生がBCPや災害医療を考えられる上で、特に難しいなと感じているところはありますか?

井上

「まさか大丈夫だろう」という意識を変えることですね。

予期せぬことが起きた時、事前に対策を決めておかないとやはり対応できません。今、当院では30分以内に停電が復旧しない場合は災害対策本部を立ち上げることが決まっています。2019年の年末に医療端末がダウンした時も、対策本部を立ち上げて対応しました。今年7月の大雨では停電時、予備電源が立ち上がらず設備見直しの機会になりました。

水だけは本当に当院の自慢で、東日本大震災が起きる直前の1月に井戸水のシステムが完成しました。おかげで私たちは断水知らずで来ていますが、実はその頼みの綱の井戸水が今、汲み上げられなくなっています。

けれど、いろいろ起きるからこそみんなが危機意識を持ってくれていますし、都度BCPを見直して常に災害対策をバージョンアップすることにつながっています。それが、リスクマネジメントなんですね。

災害に対応できる医師になるために

――では最後に、今日一日の学びとこの座談会を終えた今の気持ち、心の変化についてお聞きしたいと思います。

鈴木

これから医療者になるということは、何かあった時により多くの人を助けなければならない立場になるということです。そのためには受け身ではなく、主体的に動くことが大切で、そのように行動していきたいと思いました。

また、とても当たり前のことですが、まずは自分自身が地震などに備えること、井上先生のお話にあったようにいろいろな事態を想定して備えをしておくことが必要だと感じています。

渡辺

常に危機意識を持つことが大事だと思いました。これまでは防災訓練や地震の話を聞いてもどこか他人事のように感じてしまうところも正直あったのですが、いざ災害が起きたときには自分から率先して行動し、周りの命も守っていかなくてはならないので、危機意識を持ち続けていきたいと感じました。

高良

自分の命を守るためにも、今後、医師としていろんな人の命を守っていくためにも、備えあれば憂いなしを大事にして、先を見越して行動する力を身に付けたいと強く感じました。

横山

医師としても一人の人間としても、今ここで災害が起こったらどうするかということを常に意識しなければならないと思います。日常生活での準備はもちろん、医師になった時のために今から知識を身に付け、訓練を重ねることが大切だと思いました。

――ありがとうございます。本コースを受講したことで、それぞれに学びや変化があったことがよくわかりました。

井上

当院のBCPには、総論の最初に「患者、職員、そして学生を守る」と併記されています。そして、「災害時にしか学べないことを学生に経験してもらう」ということも書いてあります。皆さん、手伝ってください。トリアージしました、この方は黄色です、黄色エリアに連れて行ってください、じゃあ誰が運ぶの?となったとき、医学知識があって安全に運べる人、それは医学生の皆さんです。皆さんも当院のBCPに入っているのです。だから、よろしくお願いしますね。

学生

はい!

――今日は皆さん、ありがとうございました。
R6受講学生の集合写真